大学受験のやる気が出る勉強法をやってみる

大学受験これまでの大学
大学にいくことについて考えよう最初に一つの結論をいえば,現代は大学にいく意味が外からは与えられない時代です.
だから,自分で大学にいくそれなりの目的をたて,そしてそれにふさわしい大学を選び,大いに勉強して進むのです.
沿ういう能動的な人生への態度を身につけることが,いちばん大切になってきます.
なぜ大学に行くのでしょうか? 
沿うきかれても,大学にいくのは当然のことであって,その所以をあまり考えたことがない人も多いと思います.
わたしもそうでした。
逆にまた,真剣に考えるほどなぜ大学にいくのか納得できず,勉強に身の入らない人もいると思います.
そこでこれらの問題について私の考えを述べ,あなたがたが考える参考に資したいです.
力石私は兵庫県西宮市の北西部,六甲山系に連なる山の麓の丘陵地帯に住んでる.
昔は田畑の広がる農村でした.
つい二,三十年前はまだ狐や狸もいたのです.
ここに越木岩(こしきいわ) 神社という古い神社があります.
この越木岩神社の鳥居をくぐると左手に「力石」という大きな石が置いてあるのです.
江戸時代,この辺りの村ではこの力石を持ちあげるとはじめて一人前と認められ,耕す畑などが割り当てられた沿うであす.
かつてはどんな社会も一人前として認められるための関門があったのです.
江戸時代は農業を基本的な産業とする社会でした.
農村では,農業に従事する力があるかどうかがいちばん肝心なことだから,大石を持ちあげることが,関門を通過するための試験科目だったのです.
人が生まれてから死ぬまでに経過する,誕生,成人,結婚,死などに伴う儀礼を「通過儀礼」
ということはよく知られていることです.
大石を持ちあげるのは,大人になるための通過儀礼だったのです.
ほんとうはここで「大人」を定義しなければならないのだが,実はそれが難しいことになります.
「大人」は「子供」の対概念なのです.
『子供の誕生』という歴史の本があるくらいです.
「大人」ということが,産業が複雑になり働くことができるために一定の教育課程が必要となる段階で生まれる概念であることはま違いないのです.
近代社会では産業を担う働き手となるために学ばねばならないことが多岐にわた
り,教育制度が長期かつ複雜になったのです.
だから大人のなり方もいろいろあり得るということになります.
かつて大学は大人への一つの関門だった大人になったと認められるための通過儀礼の役割を果たしてきた制度は何でしょうか.
「成人式」は成人したうえでの式であって,通過儀礼ではないですね.
最近は「成人を祝う」という意味でも完全に形骸化してしまっているのです.
近代社会で,現実に,一人前の人間であるかどうかを試すものとして機能してきた仕組みの一つが,大学入試・大学生活・就職と一組になった大学という制度である.
明治時代に大学制度ができて以来近年まで,大学は大人への関門の一つという江戸時代の力石と同じ機能を果たしてきました.
個人が努力することで高等教育をうける機会を獲得し,その高等教育を媒介にして
個人の生活や社会的地位といった利益がもたらされるとともに,それが同時に社会発展であるとされていたのです.
近代社会を組織する人間を養成するためにつくられた旧帝国大学などは,はじめから沿ういう大学です.
ひと昔前は,自分のために「いい大学」を出ることが,同時に社会に何かの貢献することであり,同時に自らの幸福に持つながるのだ!!
このような思考が機能していました.
一般的に近代資本主義と産業社会が発展する段階では,大学というものはそのような位置づけになるのです.
だから,頑張って勉強した.
おしなべてみな貧しく,苦学しつつも機会は比較的均等だったわけです.